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見知らぬ土地

 日本海側に引っ越して一週間と少しが過ぎた。部屋は相変わらず片付かない。片付かないというより、もののあるべき場所を決めかねているという方が正確だ。洗濯物を取り込んでもしまうタンスや棚がない。とりあえず畳んで床の上に放置になる。

 免許を取って以来、久しぶりに車も運転した。トヨタの中古車だ。母親が世話になったディーラーに、随分無理を言って用意してもらったらしい。チョコレートの色と赤ワインの色の、ちょうど中間ぐらいの渋い色のコンパクトカーだ。大きい車は運転するのが怖い。夜中、気まぐれにドライブにでもでかけてみようか、と思うけれど、まだまだ億劫だ。職場に通うのも、むしろ徒歩の方が気楽だ。

 

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 職場では今までほとんど聞いたことのないタイプの訛りがとびかう。聞き取れない単語も時々混ざる。良い意味での田舎らしい響きがある。音の抑揚があって、語尾が伸びる。なんとものんびりしていて、聴き心地がいい。あ、ここで全くの標準語を話すと、ちょっと気取ってるとでも思われるんじゃないかしら、とも思った。でも、会話をしているうちに、間延び感、とでもいうべきか、この地方の独特のイントネーションが身についてきた。

 昼食の時間になると、直属の上司が、私と中堅職員を誘って車に乗せ、ラーメンとか定食とかを奢ってくれる。最近は朝食を軽めにしている私は、昼時には腹ペコである。嬉しいっすね〜と言い、素直に喜んで、うまそうにがっついて食べる。実際にそれは美味しいのだ。

「このあたりは本当に食べ物が美味しくって、いいですねえ。東京に出たとき、定食屋のコメがべちゃっとしてて、初めてコメがまずいと思ったもんです」

「コメはねえ、美味いんだぁ〜」

「しばらくは色々な飯屋にいくのが楽しみです」

「おぉ〜、若いと何でも食べられるだろうけどよぉ〜、俺はァもう油っこいのもいらんし、ほんとに美味いものをチビっとだけでよくなってよぉ〜」

この地域の人は、この地域を愛しているようだ。内陸と比較されるとムッとするひともいると聞いた。

 

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 ...愛郷心、わたしにはあまり無いように思う。

 東京には優しい無関心がある。東京には、他所からやってきた多様な人々がひしめいている。もちろん人に何かを尋ねれば、答えがかえってくるし、黙ってれば放って置かれる。その距離感が私には心地いい。「自分のことは自分で決めている」という感覚だ。ボールは私が持っている。投げるか投げないかは私が決める。

 一方、人間同士の関わりが密すぎる田舎では、触れて欲しくないセンシティブな部分にまで、(親切心で)勝手にズカズカと踏み込む人が、いくらか居るのだ。まるで柔道の試合のように、常に人と組み合っているような状態だ。

 新宿や渋谷の人混みの中で、イヤホンの音量を最大にして歩いていると、自分が東京という都市の背景に溶け込んでしまったような、ぬるい快楽を感じた。今この街では、すれ違う人はみな、私の顔を凝視する。特に老人は、ちらと見るわけでなく、立ち止まって、顔を露骨にこちらに向けてじーっと見る。

 わたしは異邦人。ザ・ストレンジャー。この一年間は異邦人でありつづける覚悟が必要だ。