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わかりあえなさ

テレビ 仕事 休日 雑感

 先日、視聴者参加での討論をする番組に出た。

 あるシリアスなテーマに、いくつかの立場から意見を出し合った。わたしはちょっと年齢が上の視点から喋っていた。

 で、その参加者の一人が、実は芸能活動(というかコスプレとかyoutubeで踊って見たとかを投稿している)をしていることが分かった。要は番組を足がかりにして知名度を少しでも上げようとしていたのだろう。その人物の界隈の人々が「○○○ちゃんテレビ出てる〜」などとtwitterでつぶやいているのをいくつか見かけた。彼らは番組の中で語られている問題の本質にはさらさら興味が無さそうだった。「テレビに出る」ということに憧れを抱いているようだった。

 

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 その参加者は、ある問題を起こした側の人物で、後悔しているが当時は気づかなかった、という旨の主張をしていた。が、実際にその人物のtwitterアカウントを特定してみると、未だにその人間性は変わっていないように見えた。要は、彼女は自分の言葉と行動が伴っていないタイプの人間なのだろう。

 人間は変わらない。他者の内面を変えようなんて驕った考えなのかもしれない。でも、明らかに真摯さに欠ける人間に対して、真摯さを要求してはいけないだろうか。しかし、真摯さということを理解するのにも、一定の知性が必要だし...こんなにも人に対して絶望したのは久しぶりなので、もやもやする。

 

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 社会にあるイデオロギー間の摩擦は、分かり合えなさと、分かろうとしない思考停止からきていると思う。決めつけや、軽蔑、デマゴーグ...自分と自分の界隈の考えを絶対視してしまうバイアス...。

 割と信用できるな〜と思ってた人がガチガチの政治的思想への共感を強要してきたとき、(はぁ、あなたも分かりあおうとしない人か)とがっかりしてしまったこともある。同調すれば生きやすいのだろうが、私はそういうとき、苦笑いして「そんなものですかねぇ」と言うしかできない。大人になればなるほど、その苦笑いをつかう機会も増えていくのだろう。

 

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 分かり合えなさに絶望してしまいそうになるけど、そこで絶望したら、私もわかりあえない人になっちゃうので、ときどき愚痴を言いながらだけど、真摯でありつづけたい。

 あ〜猫撫でたい。