花見

 職場のすぐ近くに、桜の名所百選に選ばれている公園がある。そこに先日行ってきた。深夜だったがまだ歩いている若者が居た。夜のひんやりとした空気に、湿度と花の香りが混ざって色気がある夜だった。

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独り言を言う人々

 今の職場に、常に独り言を喋っている人が二人いる。それと、住んでいるアパートの近所の中華料理屋の店主も、独り言を言いながら厨房に立っていた。

 職場の独り言おじさんAは、私のデスクの正面にいるので、自分のデスクにいるかぎりその人のぶつくさを聞くことになる。それが、ずっと独り言なら良いものの、ときどき私に向かって何かを訪ねたり声をかけてきたりするので、困る。常に耳を傾け続けることを要求されているような感じがする。それがもう50歳前後? のベテランの人なので、どうしても気を使うのだ。邪険にするのも悪い気がして。

 それで、わたしは職場内の別のデスク(この部屋には私一人しか来ない)に逃げ込むことが増えた。サボっているというわけではなく、単に場所を移して仕事をしているだけだ。まあ、雑用などを頼まれないのも便利なのだが。

 その一人の部屋からは、遠い山並みが未だ雪で白く染まっているのと、眼下に桜の蕾がいよいよひらこうと膨らんでいるのが、同時に見渡せる。ああ、春だ。そして窓を開けると生暖かい空気が吹き込んで来る。建物の中よりも暖かい風だ。近くには車の通りの多い道路もない。

 何年も、何十年も前からそこにあったようなデスク、棚、仕事に関する様々な道具などを、先日濡れ雑巾で拭いた。表面から埃が拭い取られると、日に焼けて色あせてはいるものの、なかなか居心地のいい空間になった。こんな快適な部屋ができてしまって、本来いるべきオフィスに戻るのが億劫になった。とはいえ、そこで一日中過ごすわけにはいかない。20分ほどそこで深呼吸したりストレッチしたり、事務的な書類の処理をしてから、独り言おじさんA、と、狭すぎるパーソナルスペースが待っているオフィスに戻っていくのだ。

 

  ※

 

 職場のもう一人、独り言おばさまBは、上品な落ち着いた服を着こなしていて、感じのいい人なのだが、いささかコミュニケーションのスタイルが独特だ。何も声をかけずすっと忍び寄ってきて、こちらが気付くと、自分の伝えるべき伝達事項をずらーーーっと並べ立てて、慌てて返事をすると、さっさと去っていってしまうのだ。

 その人は、私の一人の部屋よりもずっと広い、ちょっと特別な部屋で一日中働いている。長い間、何年もそういう働き方をする職種なのだ。もしかするとその寂しさが彼女の独り言の癖を生んだのかもしれない。今日、その女性の仕事場に用があって、ノックして入ってみると、私がそばに寄っていくまでずっと、独り言を続けていた。用件を伝えて、部屋を出て戸をしめたあと、ちょっと耳をそばだててみると、また何かを喋り始めた。ああ、不思議なものだなあ。

 

  ※

 

 一人で過ごしすぎるのもよくないかも、と思った。

 最近、youtubeでお笑いの動画を見ることが増えた。暗い部屋で、ノートパソコンのブルーライトに照らされながら、ひとりで「へへへっ」と笑うのである。そして眠くなったら画面をぱたりと閉じる。

 そのあとの無音が寂しい。ぎゅっと抱きしめる恋人か、すり寄って来る猫か、さもなくば大きなぬいぐるみかが、隣にいてほしい。まだ水曜日だ。このブログを公開したら、すぐにノートパソコンを閉じる。ぱたり。

見知らぬ土地

 日本海側に引っ越して一週間と少しが過ぎた。部屋は相変わらず片付かない。片付かないというより、もののあるべき場所を決めかねているという方が正確だ。洗濯物を取り込んでもしまうタンスや棚がない。とりあえず畳んで床の上に放置になる。

 免許を取って以来、久しぶりに車も運転した。トヨタの中古車だ。母親が世話になったディーラーに、随分無理を言って用意してもらったらしい。チョコレートの色と赤ワインの色の、ちょうど中間ぐらいの渋い色のコンパクトカーだ。大きい車は運転するのが怖い。夜中、気まぐれにドライブにでもでかけてみようか、と思うけれど、まだまだ億劫だ。職場に通うのも、むしろ徒歩の方が気楽だ。

 

  ※

 

 職場では今までほとんど聞いたことのないタイプの訛りがとびかう。聞き取れない単語も時々混ざる。良い意味での田舎らしい響きがある。音の抑揚があって、語尾が伸びる。なんとものんびりしていて、聴き心地がいい。あ、ここで全くの標準語を話すと、ちょっと気取ってるとでも思われるんじゃないかしら、とも思った。でも、会話をしているうちに、間延び感、とでもいうべきか、この地方の独特のイントネーションが身についてきた。

 昼食の時間になると、直属の上司が、私と中堅職員を誘って車に乗せ、ラーメンとか定食とかを奢ってくれる。最近は朝食を軽めにしている私は、昼時には腹ペコである。嬉しいっすね〜と言い、素直に喜んで、うまそうにがっついて食べる。実際にそれは美味しいのだ。

「このあたりは本当に食べ物が美味しくって、いいですねえ。東京に出たとき、定食屋のコメがべちゃっとしてて、初めてコメがまずいと思ったもんです」

「コメはねえ、美味いんだぁ〜」

「しばらくは色々な飯屋にいくのが楽しみです」

「おぉ〜、若いと何でも食べられるだろうけどよぉ〜、俺はァもう油っこいのもいらんし、ほんとに美味いものをチビっとだけでよくなってよぉ〜」

この地域の人は、この地域を愛しているようだ。内陸と比較されるとムッとするひともいると聞いた。

 

  ※

 

 ...愛郷心、わたしにはあまり無いように思う。

 東京には優しい無関心がある。東京には、他所からやってきた多様な人々がひしめいている。もちろん人に何かを尋ねれば、答えがかえってくるし、黙ってれば放って置かれる。その距離感が私には心地いい。「自分のことは自分で決めている」という感覚だ。ボールは私が持っている。投げるか投げないかは私が決める。

 一方、人間同士の関わりが密すぎる田舎では、触れて欲しくないセンシティブな部分にまで、(親切心で)勝手にズカズカと踏み込む人が、いくらか居るのだ。まるで柔道の試合のように、常に人と組み合っているような状態だ。

 新宿や渋谷の人混みの中で、イヤホンの音量を最大にして歩いていると、自分が東京という都市の背景に溶け込んでしまったような、ぬるい快楽を感じた。今この街では、すれ違う人はみな、私の顔を凝視する。特に老人は、ちらと見るわけでなく、立ち止まって、顔を露骨にこちらに向けてじーっと見る。

 わたしは異邦人。ザ・ストレンジャー。この一年間は異邦人でありつづける覚悟が必要だ。

日本海側に引っ越した

 神奈川県の海のそばの街から、今度は東北某県の日本海側の街に引っ越した。海に面している、というほど近くはないが、ときどき風に潮の香りが混ざる。

 引っ越してきた家は六畳間が洋間と和室で一つずつ、それとダイニングキッチンが八畳くらい。持て余すぐらい広い。家具を全て運び込んでいないので、まだ洋間の6畳は何も使っていない。また、歩いて7分ぐらいで、スーパーやクリーニング屋、定食屋などがある通りに出られる。まあ申し分ない物件である。一つ難点を挙げるとすれば、エアコンが和室に一台あるだけで、他の部屋に空調がついていないこと。贅沢は言い出せばきりがないのだが。

 ガスコンロもテレビも運び込んでおらず、インターネット環境も整備しきっていないので、どうにも退屈する。散歩に出かけると、近所の高齢者(神奈川と比べて、実に高齢者が多い)が怪訝そうな目で私を見る。この町では若者は徒歩で移動しないのだ。徒歩で移動するのは小・中学生と高齢者ばかりで、私ぐらいの年齢の人間は皆、車で移動する。不審に見えるでしょうね。不審で結構。何も悪いことはしていない。

 職場までは徒歩で25分ぐらいなのだが、先日職場で仕事の引き継ぎに行った際、そのことを伝えたら、

「歩く距離じゃないですよねえ」

と言われた。え、本当ですか? カルチャーギャップ。

 あまりに退屈すぎて、本を読んだり文章を書いたりして過ごしているが、習慣的に、どうしてもテレビやラジオの雑音が欲しくなる。が、テレビは4/2まで入手できない。携帯も通信制限がかかりそう。私の生活はこんなにも限定されている。いっそ、他者との関わりに重きを置かず、自らの内奥に深く潜り込む期間にすべきなのだろう。

 

  ※

 

 今年度の職場には、実はわたしが世話になった(というか、現在の私のメンタリティに多分に影響を及ぼした)59歳のおじさんがいる。その人に割烹料理屋のランチをご馳走になったあと、車の中で、こんな話をされた。

「今の季節なんかはまだマシな方でさ、冬の間は...だいたい二月の終わりくらいまでは、ずっと鉛色の雲に閉じ込められるように過ごすんだよ。そりゃあもう地吹雪に閉じ込められて。歩いて五分のコンビニに行くにも車じゃなきゃとても行く気にならない。当然学校じゃ不登校のやつも増える。...しかしね、この町の人たちはずいぶんのんびりした、穏やかな人たちが多いね。武士気質っていうか、藤沢周平じゃないけど。そういう冬にも耐える性質を持ってるっていうか...。

 つくづく思うのが、イタリアの南の方で、カンツォーネ聴きながら海の幸のパスタを食べて、ワインを飲んでたら悩むこともしないよな。みんなハッピー、みたいなさあ。

 それに比べてドイツとか、ああいう寒くて暗い土地にだからこそ、哲学ってものは生まれるんだろうなあ。家にずっと引きこもってうつ病みたいになって、生きることと死ぬことを本気で悩まないとあんな哲学は生まれてこないって。さらにそれより寒いところに行くと、ロシアとかにいくと、ドストエフスキーとか、とんでもない人間の闇みたいなものを見つめる作家が出てくるのよ。おもしれえなあ。

 ...まあ、また向こう(関東)に戻るのかもしれないけど、まず一年はここにいるんだから、閉じ込められてみるのも、いいんじゃないの」

 

  ※

 

 近所のスーパーでは刺身が豊富に売られている。安いし、一目見ただけで新鮮でうまそうだと分かる。しかもそれが八時をすぎると半額になっていたりする。今年一年の楽しみは季節の魚と白ワインだな。

 もうすぐ四月が来てしまう。ゴールデンウィークに恋人がこちらに来て、結構有名なイタリアンの店に行くという予定がある。それ以外は不安。不安というより、何だろう、腹は据わっているんだけど決して楽観視はしていない。前途を不安に思って過ごす時間は長いけれど、後に振り返ってみれば、何となく楽しかった思い出になってしまう。すべては過ぎる。夢のように過ぎる。

ミュシャ展をみた、『スラブ叙事詩』雑感

 週末、ミュシャ展を見た。例によって恋人とだ。

 スラブ叙事詩という超大作の連作が展示されるらしい。調べてみると、ポスター的・デザイン的な絵じゃなくて、本格的な絵画っぽい絵画らしい。まあ、見てみようじゃないか。おそらく日本にいながらにして、ミュシャのスラブ叙事詩を一挙にまとめて鑑賞できるのは向こう100年はあるまい。

 

  ※

 

 夢で、ミュシャ展を見た。いや、国立新美術館の中で巨大なミュシャっぽい作品がいくつも並んでいるのを鑑賞する夢をみた、という方が正しいかも。

 で、実際に会場に入ると、人だかりがすごかった。スラブ叙事詩のスケール感には改めて圧倒された。やっぱでかいな。と。例のポスターに使われている怯えている女の人と、中空に浮かぶ多神教の神? と夜空の絵が最初にあって、「いや〜、ミュシャさんキレッキレですな〜」と思った。

 スラブ叙事詩は、ミュシャが晩年にスラブ民族の歴史と精神を描いた20の連作だ。はじめに提示されたのが、まだ土着的な多神教の神(横に雄々しい男と知的そうな女をしたがえている)と、スラブの人間、それと遠景に見える他民族? の影。ああ、民族の歴史を静かに、厳かに語り始める感じだなあ、と楽しみになった。

 叙事詩が時代を経ていくに従い、キリスト教の宗教者をモチーフにした絵が出てきたが、中世から近世にかけてはあまり興味が持てなかった。国家の精神を語る上では欠かせない人物なのだろうが、どうしてもピンと来ないのだ。例えば海外の人間に、空海について説明しても、我々と同じようには素直に受け入れられないのと同じだ。

 ミュシャは、戦禍を描く際にも血や炎を直接描いてはいなかった。どちらかというと、死んでしばらくたった後の死体の、青ざめたような肌を執拗に描いていた。一次大戦の影響云々というキャプションもあった。あの肌の質感にはぞっとさせられた。生きている人間の肌と死体の肌の描き分けが残酷だった。

 連作の最後の方になると、祝祭的な場面や民族の矜持をかなり誇張して、もはや夢と現の入り混じるような画風になって行った。というか、夢と現は最初の絵から混じっていたのだけど、現代に近づくにつれて、その夢の部分の描写がクドく感じられるようになった。我々と似たような服を来た普通の人の表情や肉体を、あまりにも美しく描きすぎている。戦時中のプロパガンダ絵画に似たものを感じた。

 歳をとった人間が国家や、郷土の自然に誇りを感じ始める現象は、これまでも、身の回りでよく目にしてきた。「急に富士山を褒め始めたら年寄りだ」と誰かが行っていた気がする。晩年のミュシャは、それが民族性に帰着したのだろう。画家とかアーティストって、絶対的な知性をもっているひとのように錯覚するけど、そういう人間的な(というか人並みな)部分も、当然あるんだなあ。

 

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 「民族のこと考えるとテンションがあがっちゃうんだね、ミュシャおじさん」と、私だったか、恋人だったか、どちらかが言った。

 

  ※

 

 スラブ叙事詩を見るだけでも結構な満足度だったけど、そのあとに定番のリトグラフ、『ジスモンダ』とか花の四連作とか、『ヒヤシンス姫』などなどがあり、習作がいくつかあり、いわゆるミュシャっぽいミュシャを見て、大満足。

 人体の曲線の美しさを描くことについては、やっぱり天才。かわいい。女の子の可愛さはいくら誇張しても誇張しすぎることはないけど、民族とか男の気高さみたいなものを誇張されると、わたしは若干「ウッ...」ってなってしまう。

 スラブ叙事詩は、時代が現代に近づくほど「絵」としての良さは失われて、ミュシャの心理状況が如実に見えるようになってくる。わたしの好みは、やっぱりポスターに使われてた星空のやつだな。

 

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 まーた来年も、海の近くで住むことになったらしい。今度は日本海側。

わかりあえなさ

 先日、視聴者参加での討論をする番組に出た。

 あるシリアスなテーマに、いくつかの立場から意見を出し合った。わたしはちょっと年齢が上の視点から喋っていた。

 で、その参加者の一人が、実は芸能活動(というかコスプレとかyoutubeで踊って見たとかを投稿している)をしていることが分かった。要は番組を足がかりにして知名度を少しでも上げようとしていたのだろう。その人物の界隈の人々が「○○○ちゃんテレビ出てる〜」などとtwitterでつぶやいているのをいくつか見かけた。彼らは番組の中で語られている問題の本質にはさらさら興味が無さそうだった。「テレビに出る」ということに憧れを抱いているようだった。

 

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 その参加者は、ある問題を起こした側の人物で、後悔しているが当時は気づかなかった、という旨の主張をしていた。が、実際にその人物のtwitterアカウントを特定してみると、未だにその人間性は変わっていないように見えた。要は、彼女は自分の言葉と行動が伴っていないタイプの人間なのだろう。

 人間は変わらない。他者の内面を変えようなんて驕った考えなのかもしれない。でも、明らかに真摯さに欠ける人間に対して、真摯さを要求してはいけないだろうか。しかし、真摯さということを理解するのにも、一定の知性が必要だし...こんなにも人に対して絶望したのは久しぶりなので、もやもやする。

 

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 社会にあるイデオロギー間の摩擦は、分かり合えなさと、分かろうとしない思考停止からきていると思う。決めつけや、軽蔑、デマゴーグ...自分と自分の界隈の考えを絶対視してしまうバイアス...。

 割と信用できるな〜と思ってた人がガチガチの政治的思想への共感を強要してきたとき、(はぁ、あなたも分かりあおうとしない人か)とがっかりしてしまったこともある。同調すれば生きやすいのだろうが、私はそういうとき、苦笑いして「そんなものですかねぇ」と言うしかできない。大人になればなるほど、その苦笑いをつかう機会も増えていくのだろう。

 

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 分かり合えなさに絶望してしまいそうになるけど、そこで絶望したら、私もわかりあえない人になっちゃうので、ときどき愚痴を言いながらだけど、真摯でありつづけたい。

 あ〜猫撫でたい。

映画の魔法、ラ・ラ・ランド

 ラ・ラ・ランドを観た。

 予告編をはじめてみたときから頭にぴーんときていた。鮮やかな衣装の色彩、メロディアスで元気の出る音楽、そしてセッションの監督だというので、もう、脳内麻薬がどばどば出るタイプのミュージカルだということが予想できた。ストーリー云々はわからないけど、脳内麻薬どばどば感は約束されている。観ないと言う選択肢はなかった。

 

  ※

 

 以下、ネタバレあります。

 

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 物語の冒頭、L.A(歌を口ずさむlaとロサンゼルスのL.Aがかかってるのね)への高速道路の渋滞の車の数々を写す場面。若者たちが不機嫌そうに音楽を聴いている。その中の一人の女性が歌い始める。ああ、始まった! とワクワクする。語られているのは、将来の夢と自らの状況のギャップを感じながらも、あくまでその美しい夢を全肯定しようという内容の歌詞だ。車の中から若者たちが飛び出し、渋滞するロサンゼルスへのハイウェイ(つまり、ハリウッドスターへの道の暗示なのだと思う)で笑顔で踊る。人生賛美だ! ミュージカルは人生賛美じゃなくっちゃ! 

 わたしはこの場面、冒頭五分ぐらいだけど、もうぼろぼろ泣いてしまった。体が自然にリズムをとってしまった、とかじゃなく、全身がびくびくするぐらい泣いた。人生を肯定されている気がした。

 ミアは女優を目指しながら、ロサンゼルスでアルバイトをしている。プリウスに乗って通勤である。多分かなり裕福な家庭の出だろう。大学の法学部? を中退して、女優を目指しながらアルバイトしてられるような後ろ盾がある。同じく女優を目指す若い女友達らと、パーティやオーディションに繰り出してはチャンスを掴もうとしているミアは、行く先々でジャズピアニストのセバスチャン(セブ)に出会う。

 一方セブは、レストランのピアニストとして演奏はしているが、純粋なジャズへの情熱と経済的な都合の折り合いの間で悩んでいる。ミアと比べれば後ろ盾はないが、演奏者としての技術は確かなものを持っている。やや懐古主義的な趣味から、現代の音楽シーンに不満タラタラ、生きづらそうなタイプである(ちなみに私もそんなところが多いにあるので、彼に感情移入した)。

 ミアとセブは二人とも夢がある。女優としての成功、ピアニストとして店を持つこと。それぞれの夢と経済的な安定性はトレードオフの関係で、どちらか一方しか得られない、という前提が端々ではっきり描かれる。

 

  ※

 

 どうでもいいんだけど、すでに成功したスポーツ選手とかが、「あきらめなければ夢は叶う」っていうのあれは生存バイアスだよね。夢を叶えた人同士の世界に生きていれば、それはそういう気持ちにもなるのかもしれないけど、世の中の果たしてどれぐらいの人が、ほんとうの「夢」を叶えているのだろう? 現実的な妥協線を見つけて、そこに長くいるうちに、自らを納得させる論理を拵えていくのが多くの人間たちじゃないか? ああいう講演会に、いったいなんの意味があるのだろう。夢を持つことは大変結構。夢が叶わなかったときに、発言に責任を負ってくれるのか、妙な講演するスポーツ選手たち。

 

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 二人は恋人同士、互いを精神的支柱にして、ちょっと夢の方へ背伸びし始める。ロサンゼルスの街にはスターがあふれ、映画の撮影も行われている。ミアの内側に、何かのタイミング次第で自分もスターになれるのではないか、という期待が膨らむ。オーディションに落ちてもセブがいる。

 二人のデートの場面はこの映画の中で最もうっとりとするシーン。天文台の大理石の建物の中を歩き、プラネタリウムの部屋にたどり着いてからが特に最高。星々の間を踊りながら進んでいく。恋する気持ちってこんな感じよね。私は踊れないけど、恋する気持ちを踊りと歌であらわしたら、こうなるんだろうな、って感じ。ああ、思い出すだけで美しすぎて涙がでそう。

 

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 セブの立場が見ていて辛かった。自分が本来目指しているところの古いスタイルのジャズではなく、打ち込み音源を交えたジャズ"風味"のバンドに加入すると、思いがけずそれがヒットし、多忙ながらも金銭的な余裕を得る。将来のためのある種の我慢の期間だと考えていたのかもしれない。それをミアがなじった。

 セブは、夢と現実の絶妙な妥協点を選んでいると思う。それに対して、「女優の道を諦めて弁護士にでもなろっかなァ〜(意訳)」みたいに言ってるミアちゃんになじられるのは耐えられないよ。ミアとの、それからの長い生活のことも想定していたからこそ、そういう道を選んだかもしれないっていうのに。他にもいくつかの人間関係の摩擦、そして遠距離の生活によって、ふたりの仲はとぎれる。

 

  ※

 

 突如、五年後、というテロップがあらわれ、ミアに子供が生まれていることがわかる。そして女優として成功しているらしいことが分かってくる。夫と連れ立って、ふたたびL.Aへのハイウェイに乗り込むが、これも渋滞している。その渋滞を避けるために脇道に入ったところで、セブの開いたジャズの店に偶然入る。ああ、お互いそれぞれの夢は叶えているんだ。

 席に着いたミアと、ステージに立ったセブは目が合う。五年という歳月がすぎ、お互いの夢を叶えたものの、二人の間に恋の魔法がもどってくる。

 もし二人が別れずに暮らしていたら...もし二人の夢をともに叶えていたら...もし、今日この店に連れ立ってくるのが二人だったら...もし二人の間に子供が生まれていたら...変えることのできない過去に、「もし」をつけて夢を見る。音楽が終わるとき、その夢も終わる。でも彼らは本来的な目標としての夢は叶えている。女優、自分の店をもつこと。人生のある時期に連れ添い、互いを励ましあったからこそ今がある。恋愛の成就を最上の幸福と設定しないところが、とてもビターだ。それまで語られた夢が明るく美しかったからこそ、そこにリアルな人生の苦味がある。「でもそれでいいじゃないか」とセブの笑顔が語っているように見えた。

 

  ※

 

 突然の五年後、というテロップと、その期間のあまりの説明の無さに一瞬困惑したが、監督は「もしも...」の苦味を表現したかったのかと思うと、まあ当然のことかしら。

 最近つねに『アデル、ブルーは熱い色』のことを考えてるんだけど、あの映画と同じで、物語の序盤や中盤に狂おしいほどの情熱を提示しておいて、最後にその頃のことを思う場面を挿入するの、ほんとずるい。ずるいけど好き。

 人生賛美だけど、物語の最後にちょっと変化球というか、人生のうまくいかなさもちょっと含んでいるのがミュージカルとしては新鮮だった。いい映画だった。